Vietnamびじねすりぽーと

ベトナムで生活する若者が綴る、安定的に肉を手に入れるまで。

トロンボーンの人がこっちを見ている

どうしよう。

トロンボーンの人がこっちを見ている。

ソロを必死に吹なきながら、必死な顔でこっちを見てる。

なに、こわい。

なんでこっちみてるの?

その顔でなにを伝えたいの?

俺、観客煽るので忙しいんだけど。

てか普通にこわいんだけど。

 

お話を伺おうと思い、「どうしました?」と問うも、

周りがあまりにもうるさくて声が届かない。

観客に「うるさい」と言おうかと思ったが、

如何せん先に音出してるのこっちだから

なんかそういうの、人道に反する気がする。

 

聞こえるくらい近づいて話をしようにも、

こいつ、先端を振り回してて危なくて近づけない。

危ねぇよ。なんでそんな動く必要があるのか。

スライド管ってなんなのか。

ボタン押して吹けボタン。

 

しかたなく小刻みなステップで前後するスライド管を避けても、

待っているのは巨大なベル。

隙を生じぬなんとやら。

だめだ、近づくことすらできない。

 

ってかそもそも口塞がってるから会話ができない。

会話しながら吹ける可能性も多少はあるが、

出来るなら先にやっているだろう。

見たくもないし。気持ち悪そう。

 

こうなれば、手話しかない。

人差し指を振り、手を差し出す。

「どうしましたか?」

すると、一段と音が高らかに響き始めた。

その形相たるや鬼神の如く。

鬼神の如くこっちみてる。

まじこわい。

そして手を前後させつづける。

なにその手話、知らない。

俺、「自分の名前」と「どうしましたか」と「ナス」しかわからない。

 

ふと気づく。

もしかしたら出す音に何かしらのメッセージが込められてるのではないだろうか。

トロンボーンの音に集中する。

しかしいくら耳を澄ませても、観客に向けられた魂の叫びしか聴こえず、僕への用件が含まれてる気配はない。

 

まさか音階そのものに暗号が?

これは、・・・シ・ラ・ミ・ド・レ?

・・・虱、どれ?

知らん。

俺もってないよ。

ていうか俺ゼロ音感だし。シとかわからんし。

 

もはや万策尽きた。

トロンボーンの人はまだこちらを見ている。 

すまない、俺は君の役に立てそうもない。

まぁそれは置いといて、

さっきからとにかく気になってることがある。

 

ソロ長い。

 

いつまで吹いてんだこいつ。

もう、かれこれだよ。

 

何か伝えたいことがあるところ申し訳ないけど、

そろそろメインテーマに戻るべきだと思う。

いいかな?カウントでQ出しするよ?

いいよね?もういいよね?

 

・・・

 

いや、そんな必死な顔で見られてもわかんねぇから。