【読書感想文】白鯨
最近読んだ本の感想文。
今回は「白鯨」。
名作「ファイナルファンタジー10」の原作でおなじみ、1851年に発表されたハーマン・メルヴィルの長編小説です。
(新潮文庫 田中西二郎訳)
- 作者: ハーマンメルヴィル,Herman Melville,田中西二郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1952/02/12
- メディア: 文庫
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以前、感想文を書いた「高慢と偏見」同様、世界文学100選などには必ずと言ってよいほど選出される、米文学の頂点の一つです。
【読書感想文】高慢と偏見 - Vietnamびじねすりぽーと
「文学の頂点」・・・なんて甘美な響きなのでしょうか。きっとこの小説を読むことで、私はまた一つ上の次元に行ける、そんな気がします。
そんな気がして読みましたんですが、とりあえず感想としては、
クソ読みにくい!!
この一言に尽きるかと思います。
いや別に尽きやしないけど。
とりあえず、あらすじ。
10秒で分かるあらすじ(ネタバレあり)
ハロー!おらイシュメール!
捕鯨船に乗りたくて港町行ったら、黒人の銛打ちクイークェグに出会って、一緒にピークォド号に雇われたんだ。
そこのエイハブ船長は、過去の航海でモビーディックと呼ばれる白い鯨に片足を食いちぎられて、復讐に燃えていたんだ。
みんなで鯨漁をしながら、遂にモビーディックを発見して殺そうとしたけど、逆にみんな死んじゃって、おらだけ助かったんだ。
以上。
マジでストーリーはこれだけです。
ネタバレしまくってます。
これだけなのに、文庫本にして500頁の上下巻、1000頁の大作の体をなしているのです。
なぜそんなことになってしまったのでしょうか?
その回答こそが、この本の読みにくさの原因であり、同時にこの本を名作たらしめている理由でもあります。あるらしいです。
ちなみに私は夢野久作の「医者と病人」を5秒で読む程度の読書能力を持っていますので、世間一般の読者に比べて別段劣っているわけではないでしょうが、そんなわたしがマジ読みにくいって言ってるんですから、いかに読みにくいかおわかりでしょう。
ですので、「とりあえず名作らしいから」という理由で白鯨をこれから読もうと思っている方の為に、”いかにして読めば良いか”というアドバイスになればと思い、その特徴、読みにくい理由(決して”問題点”ではございません!)を挙げていきましょう。
本編と関係のない記述が多い
読んだ人が例外なく持つ感想はこれです。
ストーリーはあらすじに書いた通りなのですが、実際、ストーリー本編の記述はほとんどなく、進行と関係のない記述が非常に多いです。
具体的に言うと、鯨に関する説明、及び鯨漁に関する説明が話の大半を占めています。
大半ってか感覚的には9割ぐらい占めてます。
つまり9割くらいは鯨を語り、捕鯨を語り、鯨の雄大さと鯨獲りの勇猛さを褒め称えてます。
ここまで来ると「本編と関係ない記述」ていうか、むしろそっちが本編です。
悲劇的なサイドストーリーが付随した「鯨論」もしくは「鯨図鑑」と言った方がしっくりきます。
ちなみに白鯨が出てくるのはラスト50ページからです。
その前の950ページは鯨の話しながら海を漂っているだけです。
ミステリーで例えると、京極夏彦の「姑獲鳥の夏」と「魍魎の匣」を上下巻扱いにして、ラスト50ページまで人が死ななくて謎もなくて、それまでは単に屋敷でお茶飲んだり散歩したりしてて、その間の京極堂の衒学的な喋り全てが地の文、みたいなイメージです。
読みにくいわ!!
訳が読みにくい
別に問題点じゃなくて、受け手のリテラシー、ってか日本語能力の問題なんだと思いますけど、訳が読みにくいです。
この小説の日本語完訳初版は阿部知二という方の訳なのですが、そちらがとかく読みにくい(日本語のレベルが高い)、らしいです。
以前「高慢と偏見」を阿部訳で読みましたが、まぁ読みにくいです。改行しないイメージです。
白鯨は田中西二郎訳版を読みまして、阿部版に比べれば”馬鹿でもわかる訳”らしいのですが、それでもまだ全然読みにくいです。
地の文では難解な単語が頻出しますし、会話文や独白は寺山修司の芝居みたいになっています。
元がそういう小説だから、ってのももちろんあるかと思いますが、八木訳や千石訳では(例え超訳と呼ばれようとも)まだ分かりやすいらしいので、初めての方はそちらを読んだほうが良いとも言われております。
ちなみに八木訳のは図解や挿絵があるらしく、捕鯨船の構造等わかりにくい描写を補完してくれるらしいです。そっち読めばよかった。
てかこんなに訳が出版されてる時点でお察しだよね。
チャンドラーの「長いお別れ」なんか村上春樹が2007年に訳すまで、50年間、実質清水俊二訳しかなかったんだぜ。「ギムレットには早すぎる」(原文"I suppose it's a bit too early for a gimlet,")。かっこいいぜ。
時々意味不明な表現技法を採用する
たまに、書き飽きたのか読者が退屈してないかと心配になったのか、意味不明な小説技法を差し挟んできますが、これが非常に不愉快です。
例をあげると、話の途中でいきなり場転し、主人公イシュメルが航海の後日、酒場で居合わせた他の客に捕鯨の話をする形式をとったりします。
バキかよ。
しかも、単にやりたかっただけで伏線でもなんでもありません。
だから別に何も起きません。
バキかよ。
そんなに多くないし意味もないのであまり気にしても仕様がないでしょう。
村上ショージが喋り始めたくらいの気持ちで、何も期待せずにドンと構えて読み流しましょう。
前提としてる教養レベルが高い
翻訳小説が読みにくいのは、訳どうのこうの以上に、文化を知らないってのが大きいと思います。
文化を知らない、「国」と「時代」が違うから当然です。地理的にも時間的にも遠い世界なので、その文化や価値観になじみがあるわけないのです。だから当然のことのように言われても、全く意味がわからない。
子どもの頃に「Yの悲劇」を読んでて、登場人物が暖炉のあるサロンに入って外套を掛けてくつろぎ始めるという描写があり、とても驚きました。
サロンってなんだよ。ばーちゃんが行く床屋かよ。なんでそんなとこに暖炉があるんだよ。しかも外灯持ってきちゃったよ。ダメだよ。何法に抵触するか知らんけど公共物だよ。そしてくつろぎ始めちゃったよ。何やってんだよ、早く髪切れよ。
当然、この作品の中にも「1850年のアメリカ」で生きるなら当然共有されているであろう、しかし21世紀の日本においては”教養”以外の何物でもないであろう知識が、当たり前のことですが、当たり前のように語られます。
例えば、何のために鯨を獲るのか、鯨油は何に使われるのか、という説明はほとんど出てきません。おそらく当時としてはイカでも知っているような基礎知識なんだと思います。
また、海外文化に触れる上でもっとも基本的な壁となる”教養”は「言語」と「宗教」だと思いますが、この作品中でも旧約聖書エピソードをガンガン例えに出してきます。もしかしたら聖書じゃなくて北欧神話かもしれませんが、それすら判別できないほど、私にはその辺の知識が欠落していますし、日本人の多くは私と大差ないかと思います。
これらの”教養”に関しては、他の小説でも多かれ少なかれ起こりうることなのですが、先に述べたとおり、この小説は実質”鯨論”であり、鯨に関する新しい知識をご教授いただけるスタイルです。
しかし、前提となる知識が不完全だと、新情報を明確にできないというか、作者が想定した累進性にそぐわないというか、まぁ何言ってるかわかんねぇんだよマジで!!ってなっちゃいます。
あと、捕鯨の描写で、船から出したボートに乗って鯨を狩るんですが、”ボート”っていうとカヌーくらいのサイズ感をイメージするんですけど、読んでるとボート上で立って騒いだり、位置を変えたり、銛投げたりしてるから、もっと安定しててスペースのあるデカいヤツなんだろうなと思って映画版の映像観たら、普通にカヌーくらいでした。
昔の鯨獲りやべぇよ気合入りすぎ。全然鯨より小さいボートで鯨狩るなんて正気の沙汰じゃないです。
そういうことも理解しづらいんです、教養がないと。
きちんとした教養が身についている方には問題ないでしょうが、我々普通の人々には難しいです。
ラストがさらっとしている
先程述べたとおり、白鯨が遂にその姿を現すのは、残り50ページからです。あれだけ盛り上げた白鯨との邂逅に、たった50ページしか割きません。ここにきて作者の創作意欲が萎えたかと疑うレベルです。
しかもその50ページは、完全にエイハブVS白鯨の話です。
ちょっとスターバックが絡んでカッコいいだけです。
あれだけ魅力的だったスタブやクィークェグ、タシュテゴといったキャラ達も、ほぼ何もせずにスッと死にます。
主人公イシュメルに至っては、全く出てきません。
まぁこいつは全体通して出てこないんですけど。
語り部なのに「お前誰だよ」レベル。
キャラ達の大半は、突進してきた白鯨を見て「やべぇよ。。。やべぇよ。。。」ってなって、あとは地の文でゆっくりと沈んでいきます。
えぇ。。なにその扱い。。。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まぁそんな感じのお話しです。
いわゆる小説としてはかなり異形だと思います。
てか、はっきり言って「奇書」です。
お前は何もわかってないと叱られそうですが、一部のきちんと文学を読める方以外の何もわかっていない人間にとっては、やはりそうだと思いますです。
捕鯨には忍耐力が必要なんです。数年間、海に出ている大半の時間は目を凝らしながら波の上を漂っているだけなんです。僕らも鯨論の波間を漂いながら、白鯨に出会うのを今か今かと待ちわびるしかないのです。そう、エイハブのようにね!!
じゃあつまんないのかっていうと、そんなことありません。
「白鯨」の面白さ、凄まじさは、上記全てをひっくるめた、その圧倒的なパワーというか迫力というか、そういうものだと思います。
メルヴィルの鯨にかける偏執狂的な想いが、小説内に描かれるエイハブの妄執、鯨を礼賛するイシュメルの説明など、小説全体を通して伝わってきます。
白黒赤黄と人種の揃った船上で、異教徒たちの血で銛を打ち、それを憎き仇に突き立てる、その描写に匹敵するえげつない執念で筆を走らせるメルヴィル自身の姿を想像することができます。
メルヴィルの生前、彼の作品は全く評価されず、売れ行きも芳しくなかったようです。当たり前だろ。
しかし死後30年経って、その価値が見いだされ、今では米文学界の頂点の一つに数えられております。
偏執的な作品、生前の低い評価、楽園を求めタヒチに住む、などなど画家ゴーギャンを彷彿とさせますね。
ゴーギャンはモームの「月と六ペンス」のモデルですので、モームが十大小説に「白鯨」を選んだ理由はそのあたりにもあるんですかね。「十大小説」読んでないけど。
- 作者: サマセット・モーム,William Somerset Maugham,西川正身
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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というわけで、「読書あんまり得意じゃないけど、これからどうしても読みたい!」って人は、まず漫画を読みましょう。
漫画が面白ければ、映画を観ましょう。
そんで、小説にとりかかりましょう。
その方が余計なこと考えず、純粋にメルヴィルのパッションに焦点を当てて読めるので良いと思います。うわぁこの人すごぅいって感覚で読めます多分。
さっきゴーギャンって言いましたけど、読んでるときは、よく知らないのになぜだろうか、ヘンリー・ダーカーのことを思い出しました。
このDVD、日本帰ったら観たいな。
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